2005年12月24日

寒風クリスマス。エンガワ風味。

 
 今日は、おばあちゃんの四十九日でした。
 昨日群馬入りして、さっき帰ってきました。ふう。ただいま〜。

 群馬はほんと、寒くて!
 お墓が、まーた、山にあるものだから、寒くてねえ。
 でも、いいところだった。安心。

 たくさん着込んだうちらでさえ、ぷるぷる震えてたのに、納骨してくれる人達は簡単なジャンパーだけ!
 鼻の頭を赤くして耐えているその人たちに、思わず「風邪、ひかないでくださいね。。」と言ったら「はい、みなさまも。」と返された。プロはすごいなあ。あ、なんか違うかなあ。

 とにかくこれで、一段落なんだなあ、とおもった。
 
 親戚が集まったので、そこで今回の結婚話も公になったし。
 結婚に微妙な気持ちをもっていた、彼のお父さんも「見守ってやろう」という気持ちになってくれたらしいし。(うちの両親、ナイス!ありがとう!)
  
 どんな顔して、みんなに会ったらいいんだ〜!どう振舞ったらいいんだ?!
 ・・・と思ってたけど、結構普通だった。

 でも、二人でいると、誰も部屋の中に入ってこなかったり。
 入ってきても、すぐ出て行かれたり。
 あれ?まわりの人、気使ってくれてるね?

 普通だとおもっているのは、自分達だけなのか。。

 えーと、まあ、そんな時期もあるよね!
 うわー。ポジティブがうざい。
 
 そう。
 クリスマスなんて、意識するからクリスマスなんであって、別に普通の日だよなあ。
 と、家族で群馬の帰り道に回転寿司を食べながらおもいました。
 平目のエンガワがおいしかった。

  
posted by まき at 23:47| Comment(2) | TrackBack(0) | おばあちゃんとの日々。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月17日

かえってきた。

 
 お通夜と告別式は、とどこおりなく、終わった。
 お花がすばらしくて、遺影もきれいにできていて、よかった。
 
 千葉に帰るとき、みんなが家の前にでてきてくれて見送ってくれた。
 すんごく大変だったし、どの部屋にも人がわんさかいるし、もういい加減自分の部屋で寝たい、、とおもっていたけど、なんだかみんなと別れるのがさみしくて、しんみりしてしまった。

 いや、おもいきり笑ってたんだけど。

 告別式で読まれる「故人のお人柄」の文章を担当したのだけど、それを書いたり、いろんな人と話したりして、おばあちゃんがいかに、かっこよく、可愛らしかった人だったのかがわかった。

 おばあちゃんは、群馬のお茶屋さんの娘で、結構いいとこのお嬢さんだった。
 お琴、三味線、ピアノをこなし、自分で反物を織って、絵をつけて着たり、ろうけつ染めをしたり、お菓子づくりをしたり、と、クリエイティブな人だった。
 
 実際に作品をみたら、想像以上にクオリティが高くておどろいた。
 「自分で織った着物を着て、“よし、上出来”と鏡の前でニッコリ笑う姿がおもいだされます。」とスピーチしたおじいちゃんの気持ちがわかったようにおもった。

 そして普段は上品でにこやかなのに、ぴしっと言うことは言う人だった。
 近所の人からも一目おかれていて、「あのおばあちゃんのとこのお嫁さんなら」と、近所の人から良くしてもらえた、と叔母さんは話していた。
 
 私は、小さい頃おばあちゃんからお琴を習っていたが、結構厳しかったようにおもう。
 ピアノも、よく隣できいてもらった。
 
 寝たきりになっても心は達者で、本をたくさん読んで、文章もうまかった。
 私の沖縄日記も読んでくれて「まきちゃん、もっとたくさん書いたほうがいいよ。」とアドバイスしてくれた。
 
 おじいちゃんが作るお料理が気に入らなくて「もっと勉強してください。」とお料理の本をおじいちゃんに渡したり(おじいちゃん、90歳ですから!)、おじいちゃんに白菜のつけ方を指示して作らせたのに、出来上がったものに「漬けが甘いですね。もう一度やりましょう。」と言ってみたりと、「質の良さ」に妥協しない人だった。

 育ちのよさというものが関係しているとおもうけど、今の時代でこういう風にかっこよくプライドを持って生きるのは難しいとおもうので、貴重な人を失ったとおもう。
 
 ただ。私は、そういう人と近しい関係でいられたことが、とても嬉しい。
 失う悲しさより、それまでの時間を祝福したい。

 私には大切な人がたくさんいるから、別れの悲しみは避けられない。
 でも、逃げないでちゃんと最後までいい時間を持つこと。
 それは、私のテーマになりそうな気がしている。
 沖縄の波照間に行ったときから感じていることだ。
 
 おばあちゃんの棺が焼却炉に入るとき、心からおじぎした。
 おばあちゃんは、自分の闘いを納得するまでやり、私にたくさんのことを教えてくれた。
 お互いが、ともに学んだような、とてもいい関係を築けたようにおもった。
 清々しいような気すらした。
 
 
 暗い話を長々と書いてしまい、読んでる人には、ごめんなさい。
 私は、もう、フィルターを通して書くのは、いやなのです。
 読んで「いや」とか「そうおもうんだ」とか「合わない」とか。
 私と「あなた」の差異を感じることは、各自の輪郭を知る上で、結構いいことだとおもう。
 
 ということで、また。
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2005年11月15日

おばあちゃんからの電話。

 
 お通夜の前に、1日あいたので、帰れる親戚は帰っていった。
 残った人たちで夜ごはんを食べていると。
 「ちりりりりーん!!」
 目覚まし時計か、携帯の黒電話の音のようなものが、突然けたたましく鳴った。

 隣のおばあちゃんの遺体が寝ている部屋からきこえる。
 私とイトコで、部屋を捜索。
 「なんか、ブルブル振動みたいなのきこえない?携帯誰かおいてったのかな。」と探したけど、何もない。

 そして、音が切れた。 

 部屋にあるカバンの中に、病院から持って帰ってきた目覚ましを発見。
 「これかな?」とみるも、設定してある時間は、全然そのときの時刻とは違う。
 ためしに鳴らしてみると、さっき聞いた音とは全然違う音。

 「・・・さっきのは、おばあちゃんだ。」

 みんな、一瞬固まるも、「きっと隣でみんながゴハン食べてるのに扉も開けないでいたから、さみしかったのね。」と音を受け入れていた。

 私とイトコは「えええええ!!!何!何!?」と大騒ぎだったけど。
 
 黒電話みたいな音を着信で使っているおじさんのとこに、携帯忘れてないか聞いてみたけど忘れていないとのこと。
 というか、そんな部屋に携帯忘れていくやつ、いないし。。

 ぶるぶるいってた振動は、、なんだったんだろか。 
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2005年11月14日

そしてバタバタは続く。

 
 人が死んだ後は、こんなにも忙しいのか。
 お通夜や告別式のことで決めることはたくさんあるし、親戚がたくさん来るから食事や寝具の用意は大変だし、みんな憔悴してるし。。
 
 とにかく、大変だった。
 でも、うちの親戚はイイ人が多かったので、それほどトラブルもなく、みんなで頑張ったという感じだった。
 ひとり「まじコイツだけはなんとかならんかね。。」というおじさんがいたくらいだ。
 
 忙しさと疲労のあまり、みんなの血圧が上がって、えらいことになってしまったので、ラベンダーの精油を使って目に温湿布をしてあげることにした。
 ソファにみんなが並んで目にタオルをのっけていて、さながら「プチセラピールーム・まき」だった。(ださい!)

 びっくりするくらい好評だった。
 「アロマって本当にいいのね。」とか。
 「しばらく鼻の奥に香りが残っていて不思議だ」とか。
 
 正直「誰か私にもやって。。」という気分だったのだけど、悪い気はしなかった。 
 やっぱり、私はこういう立場にいるのが好きだし、合ってるのかも、とおもった。
 疲れるけど、いやな疲れ方じゃなかった。

 そんな私には、従兄弟たちが優しくしてくれた。 
 話してたら面白くて、徹夜明けの日なのに、朝4時半まで話しこんでしまったり。(ばか!)
 みんなで頭を寄せあってお昼寝したり。
 「西日がきれいだねー」と庭を眺めたり。
 お酒を飲んだり。
 
 こういう状況で言うのもなんだけど、すごくたのしかった。
 これほど濃密に親戚と時間を過ごすことってなかったし。
 陳腐な言い方だけど、絆が深まったような感じ。

 叔母が「おばあちゃんは、いつも他の親戚の話をしてくれたり、なんていうか、みんなの中継点というか、きっかけになるような人だった。」と言っていた。
 きっと今回のこともそうなのだろうな。 
 
posted by まき at 19:00| Comment(0) | おばあちゃんとの日々。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

涙の速度。

 そして、迅速に物事がすすんでいく。
 体をつないでいた管や線が外され、退院の準備、親戚への連絡、そういったことが。
 叔父も叔母も、事務的なことのために病室を出て行ってしまった。
 私も、イトコと病室の片づけをすることにする。  

 「体をきれいにするので、タオルと着替えとオムツをだしてください」
 看護師にいわれたが、着替えがない。
 「着替えがないんです。」
 困る私。 

 看護師が少しイラっとするのがわかる。
 仕事なので、仕方ないけど。
 こっちは初めてなので、イラっとされても、困る。

 病院で用意してあった浴衣を着せてもらった。
 「タオル、こんな新品のじゃなくても、使ってたやつでいいですよ。」といわれたが、きれいなのを使ってもらうことにした。
 こういうときこそ、きれいなものを使ってもらうってのが、スジってもんじゃないんかなあーとおもった。

 おばあちゃんは上の歯が入れ歯だったのだが、闘病中はそれをとっていた。
 看護師が入れ歯をいれてくれる。
 私の知っている顔とちょっと違う。
 
 看護師と相談して、入れ歯ではなく綿をつめてもらうことにした。
 体をふかれ、髪の毛を整えられ、少しずつきれいになっていく。
 
 「ほーら、きれいになりましたよー。お孫さんについていてもらうなんて幸せですねえ。」と看護師が声をかけてくれる。
 
 少し泣けた。ようやく。
  
 なぜかそのとき、病室には親族は私しかいなくて、「なんでまた私だけなの。。」とその場に立ち会うことの重さと素晴らしさを感じた。

 おばあちゃんの顔が少し暗かったので、手で暖めて、口角をあげてあげる。
 さっきまで暖かかった顔が、もうつめたい。
 
 違う看護師が病室に入ってきて、「あら、顔が微笑んでるみたいに見えた。」と言った。
 またしても、ちょっと泣けた。

 そして、おばあちゃんを迎えるために、おじいちゃんちを片付けに帰る車の中で、私は号泣した。
 おじいちゃんちに帰ったら、色々忙しくなるから、ここで泣くと決めたのだ。

 悲しいという感じより、ショックや、やりきった安堵感や開放感や、さみしさや、人が死ぬということにまつわるいろいろに、少し感動すらしていたような、そんな感じだった。
 声も出さずに、外を見ながら、子供の頃みたいに、ぽろぽろ泣いた。

 
posted by まき at 18:00| Comment(0) | おばあちゃんとの日々。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

午後四時過ぎ。

 
 結局、おばあちゃんは、13日の午後4時23分になくなった。
 この時刻はお医者さんが確認してくれた時刻なので、正確には、もう10分ほど早いとおもう。 
 
 私は、死に目にはあえなかった。
 おばあちゃんの血圧が急激にさがってきて、脈がおかしなことになって、心臓がもうだめだとわかったので、私が親戚に連絡をしに行っている間に、亡くなったのだ。
 
 叔父さん夫婦は立ち会えたとおもう。
 おじいちゃんや私のおかんやお姉ちゃんや他の親戚は立ち会えなかった。
 ちょうど、おじいちゃんの家に戻っていたところだったのだ。
 
 「今晩はもつかもしれない。」という感じだったので、各自が少し休息をとろうとおもっていたときだった。

 おじさんは自分の車で仮眠を、私は17歳のイトコと「髪の毛脱色してる?」とかそういうバカ話を、おじいちゃんやおかあさんは昼寝を、していた。
 
 ドラマみたいに、心電図はピーッと音をたててまっすぐな直線がつづく。
 お医者さんが脈や瞳孔を確かめ、時刻をいう。
 
 おじさんは、少し目に涙をためて、少し、怒っているようだった。
 もっと手厚くおくってあげたかったのだとおもう。
 みんなを帰したことにも、自分の責任を感じただろう。

 でも、こういう「間」の時間だったところが、おばあちゃんらしいとおもったりもした。
 おばあちゃんは、人に気を使うタイプなのだ。
 
 私がおばあちゃんの痛いところに手をあてているときも、「疲れたら休んで」と言ってくれた。(話すことなどできないとおもっていたので、みんなびっくりした。)
 
 私は、なんの感情もわかなかった。
 おばさんが涙ぐんでいるのをみて、「泣いた方がいいかな」とおもったくらいに。
posted by まき at 00:00| Comment(0) | おばあちゃんとの日々。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月13日

そして夜が明ける。

 
 病院の夜は、おもったより明るく、そして朝は、実際より暗い。
 夜はなんだかんだで電気がついているし、
 朝の6時につけられる蛍光灯が、夜明けの光を隠してしまう。
 夕方につける電気のようなかんじ。
 単調にまぶしすぎて、あまりすきじゃない。 

 おばあちゃんは、痰を何度か吸引してもらったほかは、特段悪化することもなく朝を迎えた。
 痰がすぐからんでしまうので、そのたびにナースコールでお願いするのだけど、カテーテルが結構太いので、おばあちゃんはいやがってそれを噛んで中にいれようとしない。
 顔をしかめて、すごい力で看護師をつかむので、私はその手をおさえる。
 
 まだこんなに力がでるのか、、とびっくり。
 それだけイヤなんだろうな。イヤだよなあ。とおもう。
 
 吸引がおわると、きょとんとした顔でこちらを見る。
 吸引はいやだけど、とった後はラク、そんなかんじなのかも。

 そしてまたおばあちゃんは眠りについた。
 
 一緒に夜明かしした私の姉(前日に父といっしょに群馬入りしていた。)と医者である叔父は、だいぶ顔色がわるい。
 もりもりサンドイッチを食べる私を、信じられない、といったように見てくる。
 
 だって、食べないともたない。
 
 朝の散歩にいき、「おばあちゃんが苦しみませんように」とお祈りする。
 あと1日か、3日か、一週間か。
 みんな、「1日でも長く」と願うより「苦しまないで」と願う段階なのだ。
 よめない病状に、みんなもいつ息を抜いてよいのかわからない。 
 
 あんなに苦しんでいるのに、まだ生きている。
 人って、どうなったら、死ぬんだろう。
 不謹慎だけど、そんなことを考えた。

 朝9時くらい。再び目覚めたおばあちゃんは、眼をぐるりと動かす。
 「おはよー!!」と挨拶したら、少しほほえんだ。

 「やっぱりわかるんだねー。」とみんなでうれしくなる。
 そういうことから力をもらえたりもする。 
posted by まき at 10:00| Comment(0) | おばあちゃんとの日々。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

群馬の夜

今、おばあちゃんの病室にいます。夜中12時半に病院から「ちょっと呼吸が変わった」と連絡がきたので。

少し血圧がさがってきているが、緊急とゆう感じでもないので、おかんやおじいちゃんには帰ってもらう。
車にのりこむときの冷たく澄んだ空気や、降りて見えたオリオン座と月の冴えた光とか、長く記憶にのこりそうな気がする。

posted by まき at 05:59| Comment(0) | TrackBack(0) | おばあちゃんとの日々。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月11日

みっかめ

さあ、今日で三日目の群馬生活。
コメント、携帯から返信の仕方がわからないので、帰ったらゆっくりお返事させて頂きますので!ありがとうございます!

さて。そして今日。
午前中は私が一人で病院にいく。母もおじもギリだし。

病室に入ると、看護士さんがおばあちゃんの着替えをしてくれた後だった。
おばあちゃんはリウマチだしガンも大きいので、着替えの後はすごく痛い。苦しんでいるので、モルヒネをいれる速度をあげてもらう。
すぐに効くものではないので、待つ。
いつもこの待つ時間が長い!
今日は私一人なので、なおのこと、長い。。一時間待っても苦しんでいるので、また速度をあげてもらう。

昨日は、おばあちゃんらしい表情がみられたり、意思の疎通がはかれたけど、今日はちょっと厳しいみたい。
モルヒネも結構大量に入っているし、仕方ない。

それにしても、一人で付き添うのは、結構気がめいる。穏やかに寝ているときならいいけど。苦しそうな声や白目むかれちゃったりすると「あ〜。。」とかおもう。

午後におかん達がくる。
おばあちゃんは痛み止めの座薬が効いて、三時くらいからは寝るようになった。おかん達も一安心。
ひまになったので、担当の先生の顔はこぶ平に似てる、とか、つくり笑いと妙におしゃれなところが気になる、などと、他愛もない悪口を少々言う。先生は何一つ悪いことしていないのに気の毒だがな。

おばあちゃんは、今日はそのままうちらが帰るまで、うつらうつら寝ていた。
たまに目がさめて苦しそうな声をあげたが、水精油を部屋にシュッとスプレーすると、すーっと寝ついていた。おかんが最初にスプレー効果を発見して「最初は偶然だとおもってたんだけど。。」と感心していた。

アロマは「本当に」役に立つとゆうことを実感する日々だ。寝る前は、自分でアロマオイルマッサージをして、枕元にもおいておく。
昨日は疲れすぎて香りをかぐ気分じゃないとおもって何もしないで寝たのだけど、鼻の奥に病室の、おばあちゃんの、においがして眠れなくて、やっぱり起きてアロマを使った。
いい香りでいっぱいになった、、とおもったら、もう朝だった。
ちなみに今はイランイランが好き。グレープフルーツとまぜるのもすき。なんとなく南国っぽい感じ。やっぱり南国がすきなのね、私って。。

あ、風呂にはいれとまたいわれたので、今日はこれで。
紅葉がすごくきれいです。おやすみなさい
posted by まき at 22:28| Comment(0) | おばあちゃんとの日々。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月10日

群馬ふつかめ

つか、ちゃんとアップできているかわからないけど、書いてやる〜。これは記録として自分のために書いているし、別にどっちでもいいや。

今日のおばあちゃんは、朝はすごく落ち着いていて、「おはよー!きたよー」といったら少しほほえむようなくらいだった。
でも日中から悪くなりはじめて、ずっと苦しがっていた。

看護士の対応の悪さにみんなイラっとしたりするが、それぞれみんな自分がやるべき事をできる範囲でしているのだから、とおもってやりすごす。
病室にイライラがただようのは絶対にいやなので、にこにこすることにした。
ちゃんとおばあちゃんはわかってるので、やっぱりまわりが笑ってる方が安心するみたい。

私の手を痛いところにもっていくようになった。孫冥利につきる。私は自分の手がばかみたいにあったかいことを、今日ほど誇りにおもったことはない。

おばあちゃんは、生きることしか考えてない。全然あきらめてない。八時間くらい苦しみ続けても、まだ起きて苦しむ気力の強さ。もう骨と皮しかないくらいに痩せて、栄養も水分も点滴からだけなのに。

おばあちゃん、かっこいい!ナイスファイト!
帰りの電車でおかんと「おばあちゃんは実はタフなんだね。こっちが元気をもらうようだね。」と、話しながら帰ってきた。
とはいえ、苦しむ様子は本当にみていてつらい。 でも私は私がやるべきことをやる。それだけだ。

よーし、、ねよ。

posted by まき at 22:57| Comment(2) | おばあちゃんとの日々。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月09日

群馬にいます

今日は群馬より、初のケータイから投稿。ちなみに私は「初カキコ」ってことばが使えないタイプ。

今日、群馬に着いて病院にいった。おばあちゃんは、鼻とおなかに管がついていて、ガリガリで、目はうつろだし、もう違う存在のようにみえた。

「まきが来たのよ」とおかんが呼び掛けたら、目がカッと戻って「まきちゃん・・よくきたね」といった。
正直、認識できない段階だとおもってたから、みんなで驚いた。私はうれしかった。

信頼している先生から教わった水精油とゆうものを行く途中に買い、さっそく使用。
オイルにまぜて手をさすってあげた途端、目がまた変わった。気持ち良さそうなので「いける」とおもって化粧水にまぜて頬につけてあげる。ローズの香りが私たちにも届く。

そのまましばらく手をおいていると、おばあちゃんは、すうっと寝た。 今日は朝から痛みがひどくて荒れていたそうなので、とりあえず一安心。

また夕方に少し動いたりしたけど、今日は大丈夫だろうということで、おじいちゃんちに引き上げた。
でも、おじは一度おじいちゃんちに帰った後、また病院に様子を見に行った。
おじは医者なので、きっと誰よりも客観的で、経験が豊富な分、人一倍つらいとおもう。
風呂にはいれといわれたので、今日はここまで。おやすみなさい〜。
posted by まき at 22:18| Comment(0) | おばあちゃんとの日々。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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